漂流ガレキ
(*^-^)昨日は打合せで、茨城県は神栖まで行ってきました。
打合せの後、津波の影響は無かったか?確認したかったので
神栖の海水浴場の浜辺まで出てみました。
住宅街も液状化で塀や電信柱、道路、中には建物まで傾いていて
かなり被害が出ているようでしたが・・・・
海水浴場は、ぱっと見、何事もなっかたようですが、
よく見ると、通常では考えられないゴミが・・・左奥に見えるのは
私のマイカー4WD5Fガソリンスターデリちゃんです。よ!(# ̄З ̄)
近くによって観察すると
それは紛れもない、木造住宅の構造材です。
写真で梁で梁と柱などを結束する
羽子板ボルトが付いたままなのがわかりますか。
材が太く、古民家で使われていたような立派な構造材も
沢山ありました。もう大震災から3ヶ月半も経っているのに
今だ、流れて来ることもあるようです。
さらに回りを見ると、海水浴客用の駐車場の方まで
砂の山になっていて、津波も海岸から5~100mぐらいは来た感じでした。
その後、すぐそばの日帰り天然温泉に入って(これが本当の目的?)
来たのですが。そこの受付のおばちゃんにガレキの事を聞いたら
ボランティアの人たちと町の人たちで、ものすごいガレキを片づけた後で
それでも、キレイになった状態だそうな。
何とか今年も海水浴場を例年と同じように
開くため、必死に頑張ったそうな。
後のゴミもブルですき取って
近々オープンするそうである。
そういえば、昔、もうちょっと、銚子寄りの羽崎というところ
の海岸で岩手の子供達がハワイ沖で船から流した漂流ビンを
沢山拾って、その中にあったメッセージに返事を出したところ、
返事が埼玉から帰ってきた!!と
岩手で話題になり、私が岩手日々新聞の一面を飾ったことがあったのを
思い出した。そのときやりとりした、人たちは、今回の大震災で
無事だっただろうか?今だに(25年ぐらい)年賀状等のやりとりを
している人が一人だけ(とは言っても、実際はいつの間にか私の親と
先方の親同士になっているのだが・・・)残っているのだが・・・
その方に、直接問い合わせてはいないが、googl等の被災状態を確認するサイト
で、家は津波をかろうじで免れているようなのが確認できたのでとりあえず、少し安心は
しているが・・・・・・もう少ししたら手紙でも書こう(*^.^*)
話を元に戻して、昔、なぜ漂流ビンを拾ったかと言うと、羽崎の海岸沖は難所で
海岸も遊泳禁止な上、立ち入りも禁止されているぐらい危険な浜もあって
それ故にいろんなゴミが流れ着いていて、そこで、いろんな漂流物を拾うのが
趣味で、たまにゴミ拾い?に来ていたのだ。例えば、遙か遠い外国の文字か書かれた
ものとか、イカ釣り漁船の照明とか車のタイヤとか冷蔵庫とか金庫とか壺とか船そのものとか・・・etc・・・
とにかくでっかい物から、なんだかわからんものまで色々漂流していたのだ。
そんなことを思い出して、考えてみると、確かに地震直後から大変な漂流物が
海岸に押し寄せていたのが想像できる。そこで、さらに、頭に浮かんで来たことが・・・
恐る恐る、温泉のおばちゃんに・・・ガレキだけでなく、仏さんなんかも流れて・・・
おばちゃんは、口を閉ざして・・・言えない!の一言。私がすかさず・・言えないと
言うことは、やはり、流れ着いていたんだね。・・と言ったら、・・怒った顔で、・・・すごすぎて言えない。!
知らない、聞かないで!・・・と、それ以上は聞かなかったが、報道もされていないが
こんな所まで・・・・・何とか、無事海水浴場がオープンできれば良いね。o(*^▽^*)o
そしたら、おばちゃんが、元気よく笑った顔で、・・・オープンは決まってんだから、
今度は泳ぎに来てくれや・・・と、是非、もう一度、泳ぎに来たいと思う。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)












最近のコメント